政府の規制の遵守のためではなく、企業の自主的な取組みに利用されるクレジットは、ボランタリーカーボンクレジットあるいはボランタリークレジットなどと呼ばれています。このような民間企業の自主的な温暖化対策へのクレジットの活用は、政府による温暖化対策の実施が始まる2000年代初めから、行われてきました。例えば、米国のClimate Change Exchangeでは、企業が自主的に温暖化対策のための排出削減目標を設定し、その目標達成のためにクレジットを利用する企業の自主的な温暖化対策が実施されていました。それ以外にも、自社製品の製造過程に生じる排出量を相殺するためのクレジットの利用などが行われるなど様々な取組みが実施されていました。取引の規模は、政府の規制の遵守のためのクレジット利用に比較すると極めて小さいものでしたが、一定の水準で取引が続けられてきました。しかし、近年、この傾向に変化が見られるようになってきています。
近年、企業が自主的に自社の温室効果ガスの排出削減目標としてネットゼロ目標を設定する企業が増えています。世界で1,565社がネットゼロ目標を設定しているとの調査結果もあります 。このような自主的な取組みにおいて、クレジットを利用する企業が増えていることが報告されています。
このような企業の自主的な温暖化対策の広がりとクレジットを利用することへの関心の高まりを受けて、様々な取組みが行われてきています。
2国連気候変動枠組条約では、企業、地方自治体、民間の団体に対して自主的に温暖化対策に取り組むことを促す“Race to Zero”と呼ばれる取組みが実施されています。このRace to Zeroでは、企業に自主的に温室効果ガスの排出をネットゼロとすることを可能な限り早く、遅くとも2050年までに達成する約束(pledge)し、その上で、この約束を達成するための取組みを行うことを求めています。そしてネットゼロ達成において、自らの排出削減を優先的に行い、削減が困難な排出量について、クレジットを活用することを認めています。
また、WWFなどの環境NGOが設立したScience Based Target Initiative(SBTi)では、企業に自主的に温暖化対策目標を設定することを勧める取組みを行なってきましたが、2050年に向けて排出量をネットゼロとすることを企業に勧める取組みを2020年に始めました。この中では参加企業に2050年までに自らの排出量を90%から95%削減することを求める一方で、自社努力では削減できない排出量について、大気中からCO2を除去した結果、得られるクレジットの利用もオプションの一つとして認めています。
このような動き以外にも、Voluntary Carbon Market Integrity Initiative(VCMI)と呼ばれる取組みは、企業のボランタリークレジットの自主的な利用についてのガイダンスを示すために検討作業を行なっています。この取組みは民間による取組みですが、ボランタリークレジットの利用にあたって一定の指針を示すこととなり、注意が必要です。
このような動きもあり、2020年9月に、前イングランド銀行総裁のマーク・カーニー氏が代表となり、発足したTaskforce Scaling Voluntary Carbon Market (TSVCM)は、民間企業による自主的な温暖化目標の達成のために、クレジットの利用が重要な役割を担うとし、ボランタリークレジットの取引拡大のための様々な勧告を行なっています。具体的には信頼性の高いクレジットが供給される必要性を指摘し、市場の信頼性を維持するための監督機関の設立とともに、取引を活発化させるための標準契約書の整備などを求めました。この勧告を踏まえて、2021年10月にはThe Integrity Council for Voluntary Carbon Markets(IC-VCM)が発足し、活動を開始しています。